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2014年12月14日

【沖縄】川崎米軍ジェット機墜落事故から50年あまり…貴重な証言や写真で綴った証言集が刊行



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沖縄本島中部にあった旧具志川市(現在のうるま市)の川崎集落内に、1961年12 月7日13時40分ごろ、嘉手納飛行場を飛び立ったF100D型ジェット機が墜落した。よく知られる旧石川市(現在のうるま市)に同型のジェット機が墜落した宮森小学校米軍機墜落事故から約2年後のことにも関わらず、川崎集落の事故はあまり世に出ることはなかった。

事件の風化を恐れたメンバーが川崎ジェット機墜落事故50年証言集編集委員会を設立。このたび、県内の出版社・ボーダーインクの協力のもと、証言集「具志川・川崎ジェット機墜落から50年『記憶と記録』平和への願いを込めて」が12月中旬に発売される。

同書は、タイトル通り、事故の被害者や記録者から証言を集めて編纂したもの。委員長の又吉法尚氏のもと、17人の証言をもとに編まれた。同事故の死者は2人、傷害者は6人、建造物被害は3軒が全焼、15軒が損壊という、琉球政府法務局による概況報告がされている。

第一章では事故機の飛行ルートとともに、被害状況、賠償など事故のあらましを説明。第二章では「被害を受けて」というタイトルのもと、鮮烈な証言が並ぶ。

当時小学1年生だった金城善孝(きんじょう・よしたか)さんは、下校途中、墜落時の爆風によって全身にやけどを負った。治療過程や後遺症に悩まされた心情を綴る様子が痛々しいが、それでも金城氏は今回、証言に協力し、「マスコミには小さな記事でもいいから、米軍関係者が起こした事件・事故の報道をし続けてほしい」と訴える。

事故で家屋が大破し、仮設住宅での生活を余儀なくされた夫婦、記録に残すために現場の写真を必死に撮影した宮城幸吉(みやぎ・こうきち)さん(同書にも生々しい現場を写した宮城さんの写真が数多く使われている)、琉球警察として働いていた男性、延焼を防ぐために家財道具の運び出しに協力した人など、それぞれの立場から回顧談をもとに事件を立証している。

巻末に「米軍機墜落関連年表」「嘉手納基地をめぐる主な事件・事故、爆音訴訟年表」が付与されているが、小さい文字ながらA4の誌面6ページにわたっている。しかもすべてではなく“主な”もののみ。これが多いと感じるか、少ないと感じるかは人それぞれだが、こういう証言集が出版される沖縄という現状が多くの人に届くことを願ってやまない。

「具志川・川崎ジェット機墜落から50年『記憶と記録』平和への願いを込めて」
12月中旬 うるま市川崎公民館にて発売(書店等での一般発売は予定なし)

【売価・購入についての問い合わせ】
098-972-3471(うるま市川崎公民館)

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